スーパーの缶詰コーナーで「月花」という文字を見たことがない人はほとんどいないはず。マルハニチロが展開するこのブランドは、日本の鯖缶市場でトップシェアを長年にわたって守り続けてきた。でも、70年という歴史の重みを知っている人は意外と少ない。
「月花」というブランド名の由来
「月花」というブランド名は、1950年代にニチロ水産(現・マルハニチロの前身のひとつ)が発売した鯖缶に冠した名称です。月と花——日本の美意識を凝縮したようなこの名前は、当時の食卓に「上品な魚料理」を届けたいという思いを込めてつけられたと伝わっています。
戦後まもない日本で、缶詰は「高価で特別なもの」という位置づけでした。月花という響きには、そういった時代背景も反映されています。やがて経済が成長し、鯖缶が庶民の日常食になっていく中でも、ブランド名は変わらなかった。70年以上、同じ名前で売り続けているのは、それだけ名前に力があったからだと思います。
ニチロ水産の歩み——北洋漁業から缶詰へ
月花を生んだニチロ(日魯漁業)は、1907年(明治40年)創業。その名が示す通り、日本とロシアの間に広がる北洋での漁業を主業としていました。サケ・マス・カニを中心に、北の海で取った魚を缶詰に加工して日本に送り届ける——これがニチロの原点です。※1
鯖缶に本腰を入れるのは戦後のことです。北洋漁業の権益が縮小する中、国内の三陸沖や対馬沖でのサバ漁に注力。水煮・味噌煮・醤油煮と品揃えを整え、「月花」ブランドを核とした鯖缶事業を育てていきます。
ニチロ水産 → マルハニチロ 年表
もう一方の雄——大洋漁業とマルハ
マルハニチロのもう一方の源流、マルハ(旧・大洋漁業)もまた日本の水産業を牽引してきた企業です。1880年(明治13年)創業と、ニチロよりさらに歴史は古い。遠洋まぐろ漁業を軸に発展し、冷凍食品や缶詰事業にも進出しました。※2
2つの会社はどちらも「大きな海で魚を取り、缶に詰めて届ける」という仕事を100年以上続けてきた。競合しながら業界を育て、最終的にひとつになった。日本の水産缶詰産業の歴史を語るとき、この2社の名前は避けて通れないんです。
70年後の「月花」が示すもの
2026年現在も、「月花」は日本の鯖缶市場を代表するブランドであり続けています。水煮・味噌煮の主要ラインナップは長年変わらず、多くのスーパーで必ず棚に並んでいます。一方で価格は着実に上昇しており、かつて100円以下で買えた時代は過去のものになりつつある。
「月花」のパッケージを手に取るとき、そこには70年分の漁業の歴史と、何百万もの日本の食卓の記憶が詰まっています。鯖缶を価格とグラム数だけで語るのもひとつの正しさですが、こういう文脈を知っていると、また別の味がします。定点観測を続けるのは、数字だけでは見えないものを記録するためでもあると、このブランドの歴史を調べていて改めて思いました。
出典・参考